5歳の息子の誕生日に見入ってしまった

5歳の息子の誕生日に見入ってしまった

5歳の息子の誕生日に見入ってしまった

本日は、息子の5歳の誕生日でした。私は朝からケーキの土台とクリームを作って、本人に飾りつけをさせました。ものすごい集中顔でマーブルチョコをのせている姿はに、うっかりすぐそばで見入ってしまいました。

 

私は30代後半、国際結婚して欧州に住んでいます。約10年前、専門留学の道を志して、それまでのアルバイト生活でためた貯金と、ようやくもぎ取った語学資格を片手に、飛行機+電車+船、という手段で渡欧したのです。その直後、数歳年上の夫と出会い交際を始め、そして2年後に結婚しました。

 

せっかくこぎつけた大学留学ですが、それはとりあえずの中退となり、結局再開ができないままに今に至っています。大恋愛の末に結婚したものの、夫は性格に障害がある人でした。彼が無意識のうちに発する、言葉の暴力とモラルハラスメントを受け続け、私もまた無意識のうちに病んでいったのです。何故自分がここにいるのか、自分が何をしているのか、これからどうやって生きて行きたいのか…。そう言った、日本を発った時にはっきりと胸のうちに抱いていたものは、すっかり消え失せてしまっていました。はっきりとした夢・ビジョンを持った希望に燃える留学生は、何の資格も持たない外国人妻となってしまったのです。

 

そんな状況で子どもを持つことには本能が抵抗しました。元々子どもが苦手な私は、とにかく不安だったのですが、夫の一方的な要求に応える形で妊娠活動を行い、そして出産しました。あれから5年。出産直後のことを考えると、今でも気持ちが暗くなるのがわかります。自分の意見を通して産ませたのに、夫は子どものことは一切合切私に押し付けました。

 

夫は人間関係が原因でどんどん仕事をやめて引っ越しをするので、私はどこで友人ができてもすぐに離れる状況でした。そうした積み重ねが孤立した環境を作り、そんな閉塞した世界で24時間体制の育児に明け暮れたのです。1年後、私は深刻な産後うつを発症して入院しました。そこでようやく、夫が「目覚めた」のです。

 

ごく僅かずつですが育児や家庭を顧みるようになり、私は入院時に決意していた離婚を踏みとどまりました。そうしてつぎはぎだらけの家族生活は続き、現在はリストラにあって失業中の夫の無気力を見守る日々です。夫と出会って以来、若さゆえの間違いを多く犯した私にとって、今の生活はその負債返しなのかもしれません。

 

それでも過去を否定しているだけでは何も生み出さない、とにかく前に進むことだけ考えなくては…と歯を食いしばる思いで耐えてきました。あまりに色々なことがありすぎて、自分の感覚が「波乱万丈」に麻痺しているのです。今まで不安のない生活などしたことがありませんし、またこれからもその状態が続いていくのでしょう。

 

ただ、自分自身の弱い部分に負けて挫けてしまわないよう、その都度自分にできる限りの努力をして乗り切って行く…それだけです。息子の誕生日は、「ああ、また一年、やってこれた」そう思う私の安堵感の象徴であり、大切な節目の日となっています。これからもこうして、10歳・15歳…と続けて行けるよう、頑張りたいと思います。


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